スタジアム建設や公金投入の議論になると、しばしばこうした反論が出ます。
「サッカースタジアムだけ批判するのはおかしい」
「野球場だって全国にたくさんある」
「野球には税金が使われていないのか」
たしかに、野球場も公共施設として全国に数多く存在します。サッカースタジアムだけを特別扱いして批判するのであれば、それはフェアではありません。
しかし、だからといって「野球場もある」という一言で、Jリーグスタジアムへの公金投入や新設要求をそのまま正当化できるわけでもありません。
なぜなら、野球場とJリーグスタジアムでは、施設としての成り立ち、整備された時代背景、公共投資として問われる論点が大きく異なるからです。
結論から言えば、「野球場もある」という反論は半分は正しいです。野球場にも公金は使われていますし、スポーツ施設として比較対象に含めること自体は不自然ではありません。
しかし、それだけではJリーグスタジアムへの新規公共投資を正当化する根拠にはなりません。なぜなら、野球場の多くは過去に整備された公共ストックであり、Jリーグスタジアムは現在進行形の新規投資として整備されている面が強いからです。
この記事では、プロ野球公式戦の開催実績がある稼働中球場と、Jリーグ使用スタジアムの開場年代を比較しながら、「野球場もある」はどこまで反論として成立するのかを整理します。
よくある「野球場は9,000もある」という批判は雑すぎる
「野球場は9,000施設もある。多すぎる。無駄ではないか」
スタジアム建設をめぐる議論では、こうした批判が出ることがあります。
9,000という数字は大きい。
しかし、その大きさに引っ張られて比較対象を見誤ってはいけません。
この数字には、学校グラウンド、河川敷球場、公園内グラウンド、ソフトボール場、簡易型の野球場等も含まれます。プロ興行を開催できるスタジアムが9,000あるわけではありません。
公式戦開催実績のある稼働中球場に絞れば、対象は国内たったの174施設。さらに、その多くは半世紀以上前に整備された古い公共ストックです。
つまり、「野球場が9,000もある」は、スタジアム論争の根拠としては粗すぎます。
フェアに比較するなら、見るべきは単なる施設数ではありません。その施設がどの規模で、何に使われ、いつ整備され、今もプロ興行の受け皿として機能しているのかです。
開場年代で見ると、野球場とJリーグスタジアムはかなり違う
今回整理したデータ(NPB公式データ)では、プロ野球の歴史上で公式戦の開催実績がある国内の稼働中球場は174施設でした。
一方、Jリーグは基本的にホーム&アウェイ方式で、本拠地開催が前提となるため、各クラブにはホームスタジアム=使用スタジアムとなり、重複を除くと63施設でした(Jリーグ公式データより)
この2つを開場年代で比較すると、かなりはっきりした違いが見えてきます。
この差は、単なる年代の違いではありません。施設整備の背景そのものが違うことを示しています。
| 区分 | 対象数 | 1990年代以降 | 構成比 | 2000年代以降 | 構成比 |
|---|---|---|---|---|---|
| プロ野球公式戦開催実績のある現存球場 | 174 | 29 | 16.7% | 12 | 6.9% |
| Jリーグ使用スタジアム | 63 | 41 | 65.1% | 26 | 41.3% |
プロ野球開催球場は、1990年代以降に開場した施設が16.7%にとどまります。2000年代以降に限れば6.9%です。
一方、Jリーグ使用スタジアムは、1990年代以降が65.1%。2000年代以降でも41.3%を占めます。
つまり、プロ野球開催球場は「すでに存在していた施設を使い続けてきた」色合いが強い。
一方、Jリーグ使用スタジアムは「リーグの拡大に合わせて新たに整備されてきた」色合いが強い。
この違いが、公共投資として問われる論点の違いにつながります。
プロ野球開催球場は、戦後から高度成長期前の公共ストックが多い
プロ野球公式戦の開催実績がある稼働中球場を開場年代別に見ると、最も多いのは1950年代開場の38施設です。次いで1940年代の32施設です。
| 開場年代 | 球場数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 1920年代 | 9 | 5.20% |
| 1930年代 | 17 | 9.80% |
| 1940年代 | 32 | 18.40% |
| 1950年代 | 38 | 21.80% |
| 1960年代 | 17 | 9.80% |
| 1970年代 | 15 | 8.60% |
| 1980年代 | 17 | 9.80% |
| 1990年代 | 17 | 9.80% |
| 2000年代 | 9 | 5.20% |
| 2010年代 | 1 | 0.60% |
| 2020年代 | 2 | 1.10% |
| 合計 | 174 |
1950年代以前に開場した球場は96施設で、全体の55.2%を占めます。1960年代以前まで広げると113施設、64.9%です。
この数字から見えるのは、プロ野球開催球場の多くが、近年新設されたスタジアムではないということです。
むしろ、戦前・戦後直後・高度経済成長期前後に整備された市営・県営球場を、改修を重ねながら現在まで使っている構造です。
ここを見落とすと、「野球場もたくさんある」という議論はかなり雑になります。
古い野球場が多いことを「優遇だ」と批判するのも違う
ここで重要なのは、古い野球場が多いことを、単純に「昔から野球だけが優遇されてきた結果」と見るべきではないという点です。
戦後から高度経済成長期前にかけて、野球は日本における代表的な大衆娯楽でした。
今のように、インターネット、動画配信、大型商業施設、テーマパーク、多様なプロスポーツがそろっていた時代ではありません。地域の野球場は、プロ野球だけでなく、高校野球、社会人野球、地域大会、学校行事、地域イベントの受け皿でもありました。
また、大規模公共施設は、戦後復興や地域の近代化を象徴する存在でもありました。さらに、失業率が高い時代において、建設需要は雇用創出にも直結します。
つまり、当時の社会状況を踏まえれば、野球場の整備には公共性と必要性がありました。
実際、それらの球場の多くは半世紀以上にわたって使われてきました。古くなったからといって、当時の投資が無意味だったとは言えません。むしろ、長く使われ、未だに現役であること自体が、一定の役割を果たしてきた証拠でもあります。
もちろん、すべての野球場整備が常に合理的だったわけではないでしょう。維持費や稼働率の問題を抱える施設もあります。
ただし、それを検証するには、当時の社会状況と、その後どれだけ使われてきたのかを分けて見る必要があります。
したがって、野球場が多い、大きいというだけで、当時の公共投資を現在の感覚から一方的に批判するのは筋が違います。
問うべきなのは、過去の整備そのものではありません。老朽化した施設を、これからどう維持し、更新し、集約していくのかです。
近年の地方球場新設は、むしろ老朽化施設の代替が中心
さらに、ここ20年の動きを見ても、プロ野球の球団本拠地以外で新設された地方球場は多くありません。
ここでは、プロ野球公式戦の開催実績がある稼働中球場のうち、球団本拠地以外で、2000年代後半以降に新設された主な地方球場に絞ります。地域の小規模球場や独立リーグ向け施設まで含めれば別の整理もあり得ますが、ここで見ているのはNPB公式戦開催実績を持つ地方球場です。
今回の整理では、主な地方球場は次の4つです。
| 球場 | 開場 | 整備の位置づけ |
|---|---|---|
| きたぎんボールパーク | 2023年 | 盛岡市営球場・岩手県営野球場の代替・集約 |
| きらやかスタジアム | 2017年 | 山形市営球場の老朽化に伴う移転新設 |
| HARD・OFF ECOスタジアム新潟 | 2009年 | 県内球場の老朽化を背景とした高規格球場整備 |
| 三次きんさいスタジアム | 2009年 | 老朽化したスポーツ施設群の建て替え・公園再整備の一環 |
ここで重要なのは、これらが「野球需要が強いから新しいハコをどんどん増やしている」という話ではないことです。
むしろ、老朽化した既存施設をどう置き換えるか、どう集約するか、どう地域スポーツの受け皿を維持するかという文脈が強い。
つまり、近年の地方球場整備は、新規追加というより、既存ストックの更新・代替・再編として理解した方が自然です。
一方、Jリーグスタジアムは1990年代以降が中心
これに対して、Jリーグ使用スタジアム(J1~J3)は1990年代以降の開場が中心です。
| 開場年代 | スタジアム数 |
|---|---|
| 1920年代 | 1 |
| 1940年代 | 2 |
| 1950年代 | 3 |
| 1960年代 | 3 |
| 1970年代 | 4 |
| 1980年代 | 9 |
| 1990年代 | 15 |
| 2000年代 | 11 |
| 2010年代 | 5 |
| 2020年代 | 10 |
| 合計 | 63 |
1990年代以降に開場したスタジアムは41施設で、全体の65.1%です。2000年代以降でも26施設、41.3%を占めます。
これは、Jリーグの成り立ちと深く関係しています。
Jリーグは1993年に開幕しました。その後、クラブ数は全国に広がり、J1、J2、J3へとリーグの裾野も広がっていきました。
クラブが増えれば、ホームスタジアムが必要になります。観戦環境の改善も求められます。さらに、Jリーグライセンス制度によって、一定の施設水準を満たすことも求められます。
その結果、自治体側が新たにスタジアムを整備したり、既存施設を大規模改修したりする動きが生まれてきました。
実際、2000年以降の新設スタジアムの”70%”がサッカー専用または球技専用スタジアムとなっていることからも、Jリーグライセンス制度を意識した整備が行われていることを示しています。
つまり、Jリーグスタジアムは、既存施設を前提にしているというより、リーグ拡大、クラブ増加、ライセンス規定対応によって新たな施設整備需要が生まれた面が強いのです。
もちろん、これはJリーグスタジアムに価値がないという意味ではありません。むしろ、観戦体験やまちづくりの面では、古い陸上競技場より大きな価値を生む可能性があります。
ただし、その価値は”新規投資”として説明される必要があります。
既存施設の更新と、新規投資は判断軸が同じではない

ここが、野球場とJリーグスタジアムを比較するうえで最も重要なポイントです。
野球場にも公金は使われています。これは間違いありません。
しかし、古くからある市営・県営球場を改修しながら使い続ける話と、クラブ増加やライセンス対応のために新たなスタジアム整備を求める話は、公共投資として同じではありません。
| 観点 | プロ野球開催球場 | Jリーグ使用スタジアム |
|---|---|---|
| 施設ストック | 古い市営・県営球場が多い | 1990年代以降の施設が多い |
| 整備の背景 | 戦前・戦後からの地域スポーツ施設 | Jリーグ拡大・クラブ増加・基準対応 |
| 公共投資の性格 | 既存ストックの継続利用・改修 | 新設・更新・高規格化の比重が高い |
| 論点 | 老朽化対応・維持管理 | 新規投資・採算性・専用性・クラブ支援 |
既存施設の更新や代替であれば、議論の出発点は「すでにある地域スポーツの受け皿をどう維持するか」です。
一方、新たなスタジアム整備であれば、議論の出発点は「なぜ今、その施設に新規投資する必要があるのか」です。
この2つでは、求められる説明責任が違います。
新規投資であるほど、価値の算定は難しくなります。将来の来場者数、稼働率、地域経済への波及、クラブの負担、自治体の財政負担、維持管理費、修繕更新費まで含めて、より厳しく見られるのは当然です。
それは、サッカーが不遇だからではありません。野球が優遇されているからでもありません。
投資の性格が違うからです。
「公共施設だから同じ」ではなく、投資構造を見るべき
スポーツ施設の議論では、「野球場もある」「体育館もある」「図書館もある」といった比較がよく出てきます。
しかし、公共施設であるという一点だけで、すべてを同列に扱うことはできません。
見るべきなのは、次のような点です。
| 観点 | 問うべきこと |
|---|---|
| 施設の性格 | 既存ストックの活用か、新規投資か |
| 利用者の広がり | 特定クラブ中心か、市民利用も広いか |
| 稼働率 | 年間を通じてどれだけ使われるか |
| 費用負担 | 建設費・維持費を誰が負担するか |
| 経済効果 | 投資に見合うリターンを説明できるか |
| 将来負担 | 修繕・更新費まで含めて持続可能か |
Jリーグスタジアムには、もちろん価値があります。
観戦環境を高め、地域の象徴となり、街のにぎわいを生み、クラブの収益力を高める可能性があります。スタジアムを中心としたまちづくりが成功するケースもあります。
しかし、それは「価値がある可能性」であって、無条件の正当化ではありません。
新しいスタジアムには、新しい価値があります。だからこそ、新しい投資として、より丁寧な説明が必要になるのです。
これは野球優遇・サッカー不遇の話ではない
結局のところ、この議論は「野球が優遇され、サッカーが不遇をかこっている」という単純な話ではありません。
野球場は、戦後から高度経済成長期前後に整備された公共ストックを長く使ってきた面が強い。しかも、その時代には、野球が大衆娯楽であり、公共施設が復興や地域発展の象徴であり、建設需要が雇用にもつながるという背景がありました。
一方、Jリーグスタジアムは、リーグ拡大、クラブ増加、ライセンス規定、観戦環境向上といった現在進行形の理由で、新設・高規格化を求める構造にあります。
だからこそ、同じスポーツ施設であっても、公共投資として問われる論点は違います。
「野球場もある」という一言では、Jリーグスタジアムへの新規公共投資の妥当性は説明できません。
問うべきなのは、競技の優劣ではありません。
それが既存ストックの活用なのか、新たな公共投資なのか。
その投資に見合う公共的・経済的リターンを示せているのか。
スタジアム論争で本当に見るべきなのは、数ではありません。
投資構造です。





