数年前まで、メタバースは「次のインターネット」になると言われていました。
アバターで仮想空間に入り、世界中の人と交流する。デジタル空間の中で土地やアイテムを所有し、イベントに参加し、場合によっては仕事や経済活動まで行う。
そんな未来像が、かなり大きな期待感を持って語られていました。
しかし今、私たちは本当にメタバースの中で生活しているでしょうか。
仕事をし、友人と会い、買い物をし、ライブを見て、日常的に仮想空間へログインしているでしょうか。
おそらく、多くの人にとって答えは「ノー」だと思います。
あれだけ語られた未来は、なぜ日常にならなかったのでしょうか。
もちろん、仮想空間そのものが消えたわけではありません。ゲームの中には、人が集まり、会話し、創作し、経済圏まで生まれている場所もあります。産業用途やAR/AIグラスのように、別の形で伸びている領域もあります。
それでも、かつて期待された「メタバース」という大きな物語は、明らかに勢いを失いました。
本記事の結論はシンプルです。
終わったのは、仮想空間そのものではありません。終わったのは、「仮想空間を作れば人が集まる」というプラットフォーム幻想です。
なぜ、ある仮想空間には人が集まり、あるメタバース事業には人が定着しなかったのか。
その違いを考えると、メタバース失速の理由がかなり見えてきます。
メタバースは一括りに語るには広すぎる
まず前提として、「メタバース」という言葉はかなり広すぎます。
VRゴーグルをかぶって入る3D空間もメタバース。アバターで交流するSNSもメタバース。オンラインゲームも広義ではメタバース。NFTで土地を売買する仮想空間もメタバース。企業のデジタルツインやVR研修まで、メタバースと呼ばれることがあります。
つまり、メタバースはバズワードとしては便利でしたが、プロダクトカテゴリーとしては曖昧すぎました。
この曖昧さは、投資テーマや実証実験を広げるうえでは都合がよかったかもしれません。しかし、ユーザーにとっては「結局、何ができるサービスなのか」「なぜ使う必要があるのか」が見えにくくなります。
そこで、まずはメタバースを一枚岩で捉えず、次のように分解して考えた方がよいでしょう。

| 類型 | 代表例 | 現状の評価 |
|---|---|---|
| PF主導型メタバース | Meta Horizon Worldsなど | 厳しい |
| IP/コンテンツ企業型メタバース | Holoearthなど | 継続利用のハードルが高い |
| NFT・土地投機型メタバース | The Sandbox系など | ブームは大きく失速 |
| ゲーム/UGC型仮想空間 | Roblox、Fortnite、Minecraftなど | 可能性あり |
| 既存オンラインゲーム型 | FF14など | すでにメタバース的体験を提供 |
| 産業用途型 | デジタルツイン、VR研修など | 実需ベースで残る可能性あり |
| AR/AIグラス型 | スマートグラスなど | VRメタバースとは別ルートで成長余地あり |
このように見ると、「メタバースはオワコン」と一言で片づけるのは少し雑です。
ただし、2021年前後に大きく語られたメタバース、つまり「人々が日常的に仮想空間へ入り、そこで交流し、消費し、仕事をし、次世代の巨大プラットフォームになる」という構想については、かなり厳しい状況にあると言ってよいでしょう。
特に厳しいのは、Meta型の巨大VRプラットフォームと、企業やIPが独自に仮想空間を立ち上げてユーザーを集めるモデルです。
なぜなら、どちらも共通して、ユーザーが日常的にそこへ入る理由を作り切れていないからです。
供給側の論理で作られたメタバースはなぜ苦戦したのか
特に苦戦が目立つのは、Meta型の巨大VRプラットフォームと、IP/コンテンツ企業が独自に立ち上げたメタバース空間です。
両者は同じ失敗をしたわけではありません。
Meta型は、スマートフォンの次に来るコンピューティング・プラットフォームを押さえるための巨大な賭けでした。一方、IP企業型は、既存のファンや世界観を仮想空間に広げようとする取り組みでした。
出発点は違います。
しかし、共通していたのは、どちらも供給側の論理が先に立っていたということです。
Metaにとって、メタバースは次世代プラットフォーム戦略でした。FacebookがSNSの時代を取り、InstagramやWhatsAppも抱えたMetaにとって、次の主戦場を自社で握ることは極めて重要です。スマートフォン時代には、AppleやGoogleがOSとアプリストアを握っています。Metaはその上でサービスを展開している立場です。
だからこそ、VR/ARを次のインターフェースとして捉え、その上に仮想空間のプラットフォームを作ろうとした。戦略の発想自体は理解できます。
しかし、ユーザーは、Metaが次のプラットフォームを取りたいからVR空間に入るわけではありません。
そこに入る明確な理由がなければ、わざわざヘッドセットを装着して、アバターになって、仮想空間で時間を過ごすことはありません。
スマートフォンは、連絡、検索、地図、写真、SNS、動画、決済、買い物など、日常生活の動線を一気に取り込みました。使わない理由がないほど、生活の中に入り込んだのです。
一方で、VRメタバースは、既存サービスを明確に置き換える用途を十分に作れませんでした。友達と話すならLINEやDiscordでよい。動画を見るならYouTubeでよい。ゲームをするなら既存のゲームでよい。仕事をするならZoomやTeamsでよい。イベントを見るなら配信でよい。
つまり、VRメタバースは「既存サービスよりも明らかに便利」「既存サービスよりも圧倒的に楽しい」と言える利用動機を、まだ十分に提示できていないのです。
ここで重要なのは、Metaが投資をしていなかったわけではないという点です。
むしろ、Metaは誰よりも本気で投資しました。Reality Labsは2025年1〜9月累計で、売上12.52億ドルに対し、営業損失131.71億ドルを計上しています。もちろんこれはVRだけでなくAR、MR、関連ハードウェア・ソフトウェア・コンテンツを含む長期投資ですが、少なくとも巨額投資がそのまま日常利用のプラットフォーム化につながるわけではないことを示しています。
一方、IP企業型のメタバースも、別の意味で供給側の論理が先行していました。
強いIPがある。ファンがいる。世界観がある。キャラクターがいる。ならば、その世界に入れる仮想空間を作れば、ファンは集まるのではないか。
この発想は、一見すると自然です。
しかし、実際にはこのモデルもかなり難しいことが分かってきました。象徴的なのが、ホロライブのHoloearthです。
Holoearthは、2026年6月28日21時をもってサービス終了することが公式に発表されました。発表では、今後のサービス提供について慎重に検討を重ねた結果として、終了判断に至ったと説明されています。
ホロライブは、VTuber業界の中でも非常に強いIPとファンコミュニティを持っています。それでも、独自メタバース空間を継続的なサービスとして成立させることは簡単ではありませんでした。
これは、ホロライブの人気が弱いという話ではありません。むしろ逆です。
強いIPや熱量のあるファンがいても、メタバース空間に日常的にログインしてもらうのは難しい、ということです。
ファンはすでに、YouTube配信、X、ライブイベント、グッズ、切り抜き動画、ファンアート、Discordなど、さまざまな接点を持っています。その中に、新しく「専用アプリに入り、3D空間で過ごす」という行動を追加してもらうには、かなり強い理由が必要です。
単に「推しの世界に入れる」だけでは、初回体験としては面白くても、継続利用にはつながりにくい。
Meta型は、次世代プラットフォームを取りに行く論理。IP企業型は、既存ファンを仮想空間に呼び込む論理。
どちらも供給側から見れば合理的です。
しかし、ユーザーから見れば問いは一つです。
なぜ、自分は今日そこに入る必要があるのか。
この問いに答えられなければ、資金力があっても、技術力があっても、強いIPがあっても、人は定着しません。
「空間」はコンテンツではない

ここまで見ると、PF主導型にもIP企業型にも共通する弱点が見えてきます。
それは、空間は、それ自体ではコンテンツではないということです。
もちろん、広大な3D空間を歩けることには一定の新鮮さがあります。アバターで動き回れることにも、最初は面白さがあります。仮想空間でイベントを開くこともできます。
しかし、それだけでは継続的な満足感にはなりません。
ユーザーが求めているのは、「広い場所」ではなく、そこで起きる面白い出来事です。
ゲームなら、攻略したい敵がいる。達成したい目標がある。上達がある。報酬がある。友達と協力する楽しさがある。失敗と成功のサイクルがある。
SNSなら、反応がある。会話がある。ニュースが流れてくる。承認欲求が満たされる。日々の習慣として開く理由がある。
動画サービスなら、見たいコンテンツが次々に出てくる。レコメンドがあり、短時間でも楽しめる。
一方、メタバース空間の多くは、「入れる空間」を先に作りました。
歩ける。集まれる。話せる。イベントに参加できる。土地やアイテムを持てる。
しかし、肝心の「そこで何をすると楽しいのか」が弱かった。
これは、オープンワールドゲームと比較すると分かりやすいです。
優れたオープンワールドゲームは、ただ広いだけではありません。探索したくなる地形があり、物語があり、戦闘があり、成長があり、発見があり、報酬があります。プレイヤーが自分で目的を作れる余白もあります。
一方で、メタバース空間の多くは、「広い」「歩ける」「集まれる」という構造だけが先にあり、その中で発生する遊びや物語の密度が足りませんでした。
初回は未来感がある。話題性もある。スクリーンショットも撮れる。イベントにも一度は行ってみる。
でも、毎日そこに戻る理由がない。
この差は非常に大きいです。
経済圏を先に作ると、コミュニティが歪む
そして、この「空間だけでは弱い」という問題を補うように前面に出てきたのが、土地、NFT、独自通貨といった経済圏の設計でした。
メタバースの文脈では、土地、NFT、アバターアイテム、独自通貨、Play to Earnといった言葉がよく語られました。
もちろん、仮想空間に経済性があること自体は悪いことではありません。むしろ、強い遊び場やコミュニティが成熟すれば、そこにお金の流れが生まれるのは自然です。
問題は順番です。それを最初から集客装置として使ってしまったことです。
本来は、面白いから遊ぶ。楽しいから集まる。作りたいから作る。人が集まるから市場が生まれる。その結果として、お金が動く。
ところが、メタバース事業の多くは、最初から経済圏を前面に出しました。
土地が値上がりするかもしれない。アイテムが資産になるかもしれない。早く入れば先行者利益があるかもしれない。ゲームをすれば稼げるかもしれない。
こうなると、参加者の動機は「楽しいから遊ぶ」ではなく、「儲かりそうだから入る」に寄っていきます。
そして、儲かりそうに見えなくなった瞬間に、人は離れます。
投機的な熱量は、コミュニティの熱量とは違います。
コミュニティは、好きだから残る人によって支えられます。一方、投機は、期待利回りが下がれば急速に冷めます。
NFT・土地投機型メタバースが失速した理由は、まさにここにあります。
経済圏は、遊びや文化やコミュニティの結果として生まれるから強いのであって、経済圏だけを先に設計しても、ユーザー体験の核にはなりません。
多くのメタバースプラットフォームが、セカンドライフで学んだはずの同じ轍を踏んでしまったのです。
Robloxはなぜ違うのか
では、すべての仮想空間が失敗したのでしょうか。
そうではありません。
ここで重要なのが、Robloxのようなゲーム/UGC型プラットフォームです。
Robloxが示しているのは、「メタバースの成功例」というより、順番を間違えなかった仮想空間の強さです。
Robloxは、メタバースを作ったから人が集まったのではありません。
人が集まる遊び場を作ったから、結果としてメタバース的になったのです。
Robloxには、アバターがあります。仮想空間があります。友達と遊べます。ユーザーがゲームや体験を作れます。Robuxというゲーム内通貨があります。クリエイターは一定条件のもとで収益化もできます。
これだけ見ると、Robloxはかなりメタバース的です。
実際、Robloxは2025年Q2時点で平均DAUが1億1,180万人、利用時間が274億時間、Bookingsが14.38億ドルに達しています。また、2025年の開発者会議では、過去1年でクリエイターがDevExを通じて10億ドル超を獲得したことも示されています。
メタバースを名乗る多くのサービスが苦戦する一方で、ゲーム/UGC型の仮想空間には、巨大なユーザー基盤とクリエイター経済が実際に存在しているのです。
ただし、Robloxの強さは「メタバースを名乗ったこと」ではありません。
ユーザーは、メタバースに入りたいからRobloxを使っているわけではありません。面白いゲームで遊びたい。友達と集まりたい。自分でも何かを作りたい。そうした具体的な目的があるから使っています。
その結果として、人が集まり、コンテンツが増え、クリエイターが生まれ、Robuxによる経済圏が機能し、コミュニティが自律的に動くようになった。
ここが、PF主導型メタバースとの決定的な違いです。

この違いは、構成要素の違いではありません。
メタバースに必要そうな要素は、どちらにもあります。アバター、仮想空間、コミュニケーション、コンテンツ、経済圏、クリエイター、コミュニティ。
しかし、成功するかどうかは、これらをどの順番で成立させるかにかかっています。
Roblox型は、遊びがある。人が集まる。作り手が増える。コンテンツが増える。コミュニティが生まれる。経済圏が成立する。結果的にメタバース的になる。
一方、PF主導型は、仮想空間を作る。経済圏を設計する。アバターや土地を用意する。イベントを開催する。さて、何をして遊ぶのか、という順番になりがちでした。
この順番の違いが、成否を分けたのだと思います。
RobloxはPlay to Earnではなく、Creator to Earnに近い
Robloxを語るとき、ゲーム内通貨や収益化の仕組みに注目して、「Play to Earnの成功例」と見たくなるかもしれません。
しかし、これは少し注意が必要です。
一般的なPlay to Earnは、ユーザーがゲームをプレイすることで稼ぐモデルです。代表的な事例では、ゲームをすること自体が収益化の手段として語られました。
一方、Robloxで収益化する中心は、プレイヤー全員ではなく、体験を作るクリエイターです。
ゲームやアイテムを作り、それが遊ばれ、課金され、一定条件を満たすことで収益化できる。これは、YouTubeやTikTokに近いクリエイターエコノミーの構造です。
つまり、RobloxはPlay to Earnというより、Creator to Earnに近い。
Play to Earnは、参加者全員に「稼げるかもしれない」という期待を与えます。しかし、その期待が強すぎると、ゲームそのものの面白さよりも、収益性が参加動機になりやすい。
一方、Creator to Earnは、作り手が良いコンテンツを作り、それを遊び手が楽しみ、その結果として作り手が報酬を得る構造です。
経済圏が先にあるのではなく、遊びと創作の循環の上に経済圏が乗っている。ここが、Roblox型の強さだと思います。
ただし、Roblox型も万能ではない
ここまでRoblox型の強さを見てきましたが、Robloxがメタバースの完成形だと言いたいわけではありません。
Roblox型にも、大きなリスクがあります。
| リスク | 内容 |
|---|---|
| 粗製乱造 | 参加障壁が低い分、低品質なコンテンツも増える |
| 治安・安全性 | 若年層ユーザーが多く、不適切な交流や詐欺的行為への対応が重い |
| クリエイター報酬 | 収益分配、未成年クリエイター保護、労働と遊びの境界が論点になる |
| 発見性の劣化 | コンテンツが増えすぎると良質な体験が埋もれやすい |
| 競合の出現 | Fortnite Creative、Minecraft、生成AIゲーム制作環境などとの競争がある |
| 成長鈍化リスク | 安全対策や年齢確認の強化が利用時間や収益に影響する可能性がある |
つまり、Roblox型は有望ですが、万能ではありません。
ただし、Robloxが示していることは重要です。
それは、メタバース的体験が成立する条件です。
空間を作ることではなく、遊びがあること。経済圏を設計することではなく、創作と消費の循環があること。イベントを開催することではなく、日常的に戻ってくる理由があること。
この条件を満たせる仮想空間だけが、結果としてメタバース的に成長するのだと思います。
FF14やMinecraftは、すでにメタバース的だった
Roblox以外にも、メタバース的な価値をすでに提供していたサービスはあります。
たとえば、FF14のようなMMORPGです。
FF14には、広大な世界があります。アバターがあります。仲間との協力があります。チャットがあります。ハウジングがあります。ゲーム内経済があります。ファンイベントもあります。プレイヤー同士のコミュニティもあります。
Minecraftも同じです。
自分で世界を作り、友達と遊び、サーバーごとに文化が生まれ、教育や建築、イベントにも使われる。これも、仮想空間に人が集まり、自律的な活動が生まれている例です。
ここで重要なのは、Robloxだけが特殊だったわけではない、ということです。
オンラインゲームは、かなり前からアバター、仮想空間、コミュニティ、経済圏を持っていました。つまり、メタバース的な体験そのものは、実は以前から存在していたのです。
では、2021年前後のメタバースブームは何をしようとしたのか。
おそらく、それらをゲームの枠から引き剥がし、より汎用的な巨大プラットフォームとして再構築しようとしたのだと思います。
しかし、その過程で失われたものがありました。
それが、ゲームとしての面白さです。
FF14やMinecraftは、まずゲームとして面白い。Robloxも、まず遊び場として機能している。だから人が集まる。
一方で、メタバース専用空間は、ゲーム性やコンテンツの密度を後回しにしたまま、空間や経済圏だけを先に出してしまった。
つまり、メタバースブームの本質は「新しい体験の発明」ではなく、ゲーム内に以前から存在していた体験を、プラットフォームとして切り出そうとした試みだったのかもしれません。
しかし、遊びから切り離された瞬間、その魅力も弱くなってしまったのです。
メタバースは消えたのではなく、分解された
では、メタバースに未来はないのでしょうか。
これも、単純に「ない」とは言えません。
ただし、かつてのように「メタバース」という一つの巨大市場として語るのは難しくなったと思います。
メタバースという大きな物語は、少なくともゲーム/UGC領域、産業・ビジネス用途、AR/AIグラスの3つの方向に分解されつつあります。

この3つは、かつてメタバースという言葉でまとめられていたものかもしれません。しかし、実際にはそれぞれまったく違う事業です。
ゲーム型メタバースと産業用デジタルツインでは、ユーザーも、利用目的も、収益モデルも、必要な技術も違います。VRイベント空間とAIグラスも、同じ市場として語るには無理があります。
つまり、メタバースは消えたのではなく、分解されたのです。
大きすぎた物語が崩れ、実需のある領域だけが残り始めている。
これは、むしろ健全なことかもしれません。
バズワードとしてのメタバースは、人々の期待を集めました。しかし、その言葉が大きすぎたことで、何を作るべきか、誰のどんな課題を解決するのかが曖昧になりました。
これから重要なのは、「これはメタバースかどうか」ではありません。
誰が、何のために、なぜそこに入るのか。
その問いに答えられるサービスだけが残るのだと思います。
終わったのは、プラットフォーム幻想だった
メタバースは、目的として作るものではなかったのかもしれません。
本来それは、強い遊び場や、濃いコミュニティや、創作の循環が積み上がった先に、結果として生まれる状態だったのだと思います。
人が集まり、会話が生まれ、文化が育ち、作り手が現れ、そこに経済圏が乗る。
その結果として、後から見れば「これはメタバース的だ」と呼べる空間になる。
順番は、そうあるべきでした。
しかし、多くのメタバース事業は逆から始めてしまいました。
最初に空間を作る。経済圏を設計する。アバターを用意する。土地を売る。イベントを開く。
でも、ユーザーが求めていたのは「仮想空間に行くこと」ではありません。
ユーザーが求めていたのは、そこで何か面白いことが起きることです。
この一点を外したまま、どれだけ未来感のある言葉を並べても、人は定着しません。
メタバースの失敗は、技術の失敗ではありません。
VRの失敗でも、アバターの失敗でも、仮想空間そのものの失敗でもありません。
それは、空間を用意すれば、人はそこに住み始めるはずだという発想の失敗でした。
ユーザーは、世界観に移住するのではありません。
面白い体験がある場所に集まるだけです。
その場所が、たまたま仮想空間だったとき、私たちはそれをメタバースと呼んでいたのかもしれません。
終わったのは、仮想空間ではありません。
終わったのは、空間を作れば人が集まるというプラットフォーム幻想だったのです。


